ネイル 東京のバージョン
駅の反対側に出れば、かつては黒門町という由緒正しい町名の町が、上野広小路の近くにあった。
私はとりわけこの町の名の響きが好きで、耳にするたびに、十手をもった「伝七親分」が、物陰から現れそうな気がしたものである。
この町名も、いつの間にか住所表示から消されてしまった。
昭和三0年代から四0年代にかけて、東京には町名変更という名の「暴政」がまかりとおっていたのである。
戦後の東京は、江戸~明治に連なる古い景観を破壊しただけではない。
町名の伝統まで断裁してしまった。
しかも、単に行政上の都合によってである。
ロシアのサンクトペテルブルグがレニングラードになり、また元のサンクトペテルブルグ愛すべき「ふるさと」としての東京に戻る、ベトナムのサイゴンがホーチミンに変更になる、これらは、権力交代にともなうものであろう東京の町名変更はそうではない。
ただひたすら、行政側の事情によるものだった。
だからこそ、変更後の新町名は「東」や「北」や「中央」をつけただけの、味も素っ気もないものがやたらに多い。
ちょうどこの時期、私は大蔵省の末席に連なるヒヨ子役人だったが、大声で反対を叫んだものだ。
そのときの詮ない気持ちは、いまでもはっきり覚えている。
いま仮に、町名変更の白紙撤回と町名回復を求める「住民同盟」の設立を呼びかけたとしたらどうだろう。
あるいは、各区や市町村単位の住民投票でもかまわない。
住民投票制度は、いまのところ原発や米軍基地、産業廃棄物といったテーマでの活用が主体で、町名変更撤回という行政の文化水準を問うような先例はない。
だが、暴政に「No--」を突きつけるのに、なにも先例主義をとる必要はない。
郵便番号さえ、あれほど細かく区別することになったのだ。
町名を元に戻していったいどんな不都合が生じるのか、当事者に尋ねてみたいものである。
新しい都市景観を生む「ライトアップ」歴史と伝統のかおり漂う景観を次世代に継承することと並び、現在から未来へ連なる新しい都市景観を創造するのも、私たち現代の東京人がになう重大な務めである。
ここに「ライトアップ」という、都市の夜景を演出する芸術的な手法がある。
昭和六二年(一九八七年)、国鉄の民営化法案が成立したとき、私は運輸政務次官だったことから、当時の杉浦総裁に「法案が成立する日に東京駅をライトアップしませんか」と電話で申し入れ、即座に了承を得た。
そこで、日本で都市のライトアップを熱心に提唱していた照明デザイナーの石井幹子さんに頼み、丸の内側のレンガ造り駅舎を照らし出した。
これがおそらく、日本での本格的な公共建築物のライトアップ第一号だろう。
ところがその後、石井さんといっしょに国会議事堂や永代橋、清洲橋などのライトアップを提案すると、担当者が自分たちの手でやりはじめたその結果は満足のゆくものではなかった。
明るくはなったが、本当の美しさを創造してはいないのだ。
ライトアップは、光をあてさえすればよいのではない。
いわば、タ閣のなかに新しい景観を生みだすアートだと考えてもらいたい。
最近では、石井さんの手になる東京タワーやレインボーブリッジなどの成功例も出てきている。
その意味では、東京の夜は景観上の新しい価値を生む可能性に満ちている。
東京が世界に誇るべき夜景は、まだまだ増やせるはずである。
地域単位で、日常生活のなかにライトアップを組み入れていくのもいいだろう。
それぞれの地域で、ランドマークというべきものを選び、ライトアップで夜の景観を演出していくのである。
皇居の堀の石垣や桜田門、櫓の白壁などは素晴らしい夜景になるだろう。
ライトアップによってともされたコミュニティーの新しい灯が、やがて、地域の人々の誇りや連帯意識に灯をともしてくれるにちがいない。
ライトアップという夜の都市景観づくりの新しい手法は、そんな効果さえもっているのである。
大敵は電線と電柱だ。
都市景観を損なう最も身近で最大の敵、電線であり電柱である。
周囲をざっと見渡して想像すればおわかりだと思うが、そこに、もし電柱や電線がなかったら、どれほどすっきりした景観が生まれるだろう。
電線を張りめぐらした都市に都市景観を語る資格はない、といわれて久しい。
にもかかわらず、日本も東京も道路における「無電柱化」が非常に遅れている。
日本全体の無電柱化率は一・一%、東京二三区内で三・一%(都道以上の大きな道路で二一・六%)というありさまである。
パリ、ロンドンはすでに一OO%無電柱化しているのに比べると、その遅れがよくわかるこのままでは、私たち東京人には都市景観を語る資格がなくなってしまう。
電線・電柱は、景観を損なうのみか、都市交通問題や防災問題とも深く結びついており、早急に解決すべき課題のひとつになっている。
昭和六一年(一九八六年)以降、三次にわたる「電線地中化五か年計画」が推進されてきたが、建設省と連携し、今後一0年間で都心部の電線類をすべて地中化するアクション・プランを策定する予定である。
基本的には、第三一期地中化五か年計画(三五0キロ/年)を上回る、年間一000キロのベースで、一O年にわたる整備を進めることを目標に掲げている。
必要となる事業費は、毎年約五000億円と試算されているが、電力会社などの負担を軽減し、公共サイドでの負担を増やすことで計画の速やかな実行を促したい。
また公共負担部分についても、通信関連企業など、民間の力を活用するPFI(民間主導による社会資本整備)方式の導入も検討が進められている。
以上、都市景観に関するさまざまな問題点を述べてみた。
都市には、その都市なりの歴史や文化的背景がある。
「都市の記憶」といってもいい。
それが、住む人たちに街への愛情を芽生えさせ、住みよい街づくりのエネルギーを育て、文化の創造性を高めていくのだ。
これまでの東京の街づくりには、そうした視点が欠けていた。
歴史と伝統を重んずる一方、新たなる時代に対応しうる街づくりを進めることが大切だ。
それが絵に描いた餅にならないためにも、現実的な方策を立てていくことは重要だ。
や行政が美的景観の創造に果たす責任はますます大きい。
ヨットつきのマンション街の仕事柄、全国各地へよく出張するのだが、新幹線で夜遅く東京駅へ着いたときなど、そこから、自宅のある深川の門前仲町まで、歩いて帰ることがある。
静かな夜道の一人歩きは楽しい。
時間にしておよそ四0~五O分。
永代橋を渡るあたりで立ち止まったりする。
橋の上から、隅田川の川面にゆらぐ光を眺め、星や月を仰ぐとき、本当に安らいだ気分に浸ることができる。
水辺のもつ不思議な「癒し」の力といおうか、なんとも形容しがたいくつろぎと安らぎが身内に満ちてくるのである。
いま、お台場などの臨海副都心が、若者や家族連れでにぎわっているのも同じ理由からで愛すべき「ふるさと」としての東京はないだろうか。
ウォーターフロントそれ自体がもった不思議な優しさが、人々をひきつけて離さないのだ。
私はかねてより、臨海副都心の心臓部は、二四時間型の世界的な金融情報センターにすべきだと主張してきた。
それも、このウォーターフロントに備わった癒しの力と無関係ではない。
というのも、マンハッタンで働くヘッジファンドのマネジャーに、こんな話を聞いたからだ。
彼らは、夜通し仕事をして朝帰りをすることが多い。
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